繁盛店に学ぶ「引き算の経営」~VE(バリュー・エンジニアリング)の視点~

 日々の飲食店経営の中で、「もっとサービスを増やさないと顧客が離れるのではないか」「新しい設備やデジタルツールを導入しないと時代に取り残されるのではないか」と、焦りを感じることはありませんか?

 多くの飲食店が、限られた経営資源の中で「あれもこれも」とサービスを積み上げ、結果としてコストが増大し、本来の強みがぼやけてしまう……。そんな「足し算の罠」に陥っているかもしれません。

 しかし、私が最近調査した都内の某繁盛店「A店(和食小料理店)」は、全く逆の戦略で圧倒的な支持を得ていました。その秘密を、価値づくりの設計手法である「VE(バリュー・エンジニアリング)」の視点から紐解いてみました。

1.「何もない」ことが生む、圧倒的な価値

 A店を訪れて驚くのは、現代の飲食店では「当たり前」とされているものが、ことごとく排除されている点です。

  • BGMがない(静寂が保たれている)
  • 料理や酒の饒舌な説明がない(聞けば教えてくれますが、押し付けない)
  • SNS映えする派手な演出がない(内装も料理も極めてシンプル)
  • 滞在時間の制限がない(回転率を追わない)

 一見すると、これらは「サービスの欠如」や「機会損失」に見えるかもしれません。しかし、お客様は一人1万円を超える単価を喜んで支払い、予約で連日満席となっています。

2.「引き算」は、最も大切なものを守るための技術

 VEはもともと製造業のコスト改善のために生まれ、今日ではサービス業の価値づくりにも広く応用されている手法です。VEでは、価値を「V(価値)=F(機能)÷C(コスト)」という式で捉えます。機能(=お客様が求める「目的」と捉えてください)を高めるか、コストを下げるか、あるいはその両方を実現することで、価値は向上します。

 A店の最上位の目的は、単に空腹を満たすことではなく、「上質な時間を提供する」ことにあります。店主は、「上質な時間」という基本機能を最大化するために、それを邪魔する「ノイズ(二次機能)」を徹底的に削ぎ落としたのです。

 賑やかなBGMや饒舌な説明は、時に顧客同士の深い対話を遮ります。回転率を上げるための時間制限は、心の安らぎを奪います。店主は、これらをあえて「実装しない」ことで、顧客が自分たちの会話と料理の味だけに没入できる「余白」を設計したのです。

 しかも「引き算」は、コスト(C)を下げながら基本機能(F)を研ぎ澄ます、価値を二重に高めるアプローチでもあるのです。

3.小規模事業者へのヒント:あなたの店の「核心」は何か

 A店の事例が私たちに教えてくれるのは、「繁盛とは、良いことをたくさんすることではない」という勇気です。

 特に資源の限られた飲食店が、大手チェーン店と同じ土俵で「足し算」を競っても、消耗するばかりです。今こそ、自社の提供している価値を「目的」で捉え直してみてください。

  • お客様が、あなたの店を「なくてはならない」と感じる本当の理由(お客様の目的)は何ですか?
  • その「核心の価値」を邪魔している余計なサービスはありませんか?

 この問いに向き合うために、明日からできる「引き算の3ステップ」をご紹介します。

  • ステップ1:自店で提供しているサービスやこだわりを、付箋などにすべて書き出す
  • ステップ2:一つひとつに「それは何のためか?」と問いかけ、目的ごとにグルーピングする
  • ステップ3:最上位の目的に貢献していないものを、まず一つだけ試験的にやめてみて、常連のお客様の反応を確かめる

 ただし、何でも削ればよいわけではありません。判断の物差しは、あくまで「お客様の目的」です。いきなりすべてをやめるのではなく、小さく試して反応を検証することが、失敗を防ぐコツです。

 もし、良かれと思ってやっていることが、本来の強みを薄めているのであれば、それを思い切って「やめる」ことこそが、お客様が求める価値に直結し、「顧客の満足」を劇的に向上させる鍵になります。副次的に生産性も高まり、収益向上にもつながります。

 なお、これは飲食店に限った話ではありません。小売店の品揃え、サービス業のメニュー構成、製造業のオプション対応など、あらゆる業種において、「良かれと思って積み上げてきたもの」が核心の価値をぼやけさせていないか、同じ視点で見直すことができます。

結びにかえて

 「引き算」には勇気がいります。しかし、「基本機能を壊している不必要なサービスをどこまで削れるか」を考えることこそ、究極のお店の価値づくりとなります。

 皆様のお店にしかない「輝く一点」を研ぎ澄ますために、一度「足し算の経営」から離れて、店内を見渡してみてはいかがでしょうか。

 そこには、まだ気づいていない「繁盛への設計」が隠されているはずです。

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