中小企業の環境変化への対応力の向上策について

1.今後も続くと予測される人手不足

 現在中小企業の業況判断指数DIは約30年ぶりの高水準に回復しており、設備投資の伸びや投資意欲がうかがえ、日本全体でみると景気は拡大している状況と言えます。しかし中小企業においては人手不足が深刻化しており「求人を行っても問い合わせが少なく、せっかく問い合わせが有っても面接まで至らない」といった相談を頂くことが増えております。中小企業では、以前より値上げ要請はしやすくなっているものの、円安と原油高により繰り返される仕入価格の高騰や人件費の高騰に対応しきれていないのも事実です。

 ちなみに2024年の中小企業白書においても人手不足は深刻な問題としてとらえられており、省力化投資や賃金引上げを通じて生産性を向上させることが重要と提唱されています。資本力や収益力、そしてネームバリューの差から、賃金や待遇面で大企業と競争を行っても中小企業が新たに従業員を集めるのは容易ではありません。次の項では中小企業が今後も継続していくための提案をしていきます。

2.自社の能力の棚卸を行うことの有効性

 失われた30年と言われ長く続いた平成不況の特徴として、あらゆる供給が需要を長期的に上回ったことによりデフレが継続していました。労働市場においても同様で、求職が求人を大幅に上回る状況が長く続きました。特に2009年はリーマンショック、そして2011年には東日本大震災の影響により完全失業率は5.1%で有効求人倍率は0.48となり、求職者は職種を選んでいる状況ではありませんでした。雇用側には労働者の代わりはいくらでもいるという考えが蔓延していたのも事実です。現在の求人環境は劇的に変化をしております。2023年のデータにおいては、完全失業率は2.6%、有効求人倍率は1.31と求職者・労働者が優位であることが確認でき、雇用情勢は労働者優位となりました。時間外労働の上限規制は既に2020年のから中小企業を含むほぼすべての企業に適用されていましたが、本年の4月からはこれまで猶予されていた建設業や運輸業にも例外なく適用され、人手不足に対し法令を超えた残業で補うことは出来なくなりました。10月には最低賃金の引き上げが予定されており、本年の最低賃金の引き上げ目安は50円で、各都道府県で引上げが行われた場合の全国加重平均は 1,054 円となります。

 従来のように事業の繁閑対策に労働者の増減で対応するのは困難であることを自覚しなければなりません。そして中小企業が、まず行ってもらいたいのは「自社の能力の棚卸し」です。その仕事は人間でなければ出来ないのか?機械が担うことが出来ないか?己を知ることがポイントです。

 某ファミリーレストランが投資した配膳ロボットの導入は、工数の減少により業績の向上に貢献しています。また、配膳ロボットに本来不要な見た目や発言といった振る舞いの対応能力を付けたことで、集客とクレームの件数の減少にも貢献しています。結果、ヒトはヒトでなければ出来ないことへ能力を全展開することが可能となりました。

 次に、中小企業に使ってもらいたいツールとして経済産業省が提供する「ローカルベンチマーク(以下:ロカベン)」を紹介します。ロカベンとは財務面と非財務面の両面から分析するツールです。財務面では3年間の決算書データをロカベンに入力することで、自社分析と同時に業界平均との比較が出来るため、自社の評価が容易に確認できます。非財務面においては、自社や経営者を取り巻く多面的に網羅されているにも関わらず、一つ一つの項目は容易に記載できる内容となっています。ロカベンを作成することで自社の能力の棚卸(客観的に評価)をすることが出来ます。ロカベンの項目は全社にわたっているため、得た分析結果は経営層だけのものにせず、全社で共有し改善に取り組むことで、全社共有認識の下で成長が出来るしくみづくりに役立ちます。作成方法および活用方法については、経済産業省のローカルベンチマークガイドブック企業編(https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/locaben/pdf/r_locaben_guidebook_kigyou.pdf)をご参照ください。

3.真似しやすいのに効果的な2つの好事例

 それでは私が関与している中小企業の労働力確保における2つの好事例を紹介します。

  1つ目は、多能工化による労働力の確保の事例です。ホテル清掃業のA社は、持ち場を固定化していたところ、従業員の熟練度の差によりパワハラの発生が懸念される状況となっていました。社長が取った対策は、従来の担当制から、どの持ち場でも対応できる輪番制の導入でした。結果どの持ち場でも出来る多能工化が実現し、業務でのストレスの軽減から従業員から「職場が楽しい」と評価されるようになり、更に残業の減少につながりました。

  2つ目は、事業主からの1つの指示より若い従業員が増加した事例です。建設業B社の事業主は新卒から家業に従事していましたが、怒鳴られて注意されることが嫌でした。自身が3代目社長に就任したことをきっかけに、「怒鳴って注意をするな。穏やかに注意しなさい」を全社共有の決まりごととしました。この直後から従業員の離職が減少するという変化が起きました。特筆すべきは、従業員が周囲に自社は働きやすい職場だと勧めるようになり、数年で従業員数は倍増したことです。参考までに当該事業所の平均年齢は30代前半(業界平均は2021年の時点で46.6歳)となっており、求人と定着に効用のある事例となりました。

  この2つの事例の共通点は、最小限のルールを事業主が決定し、従業員の働きやすい環境づくりに貢献したことです。現在の景気は既に低迷期から回復期への転換点が過ぎています。ビジネスチャンスへ対応するためにもロカベンを用いて自社能力の棚卸を行うことで、自社能力の確認と適切な投資を行い、同時に全社で取り組める小さなルール決めといったしくみづくりを行うことで稼ぐ力を向上していきましょう。

(文責 渡辺ミコ)

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